漢方について

身近な症状と治療の実際8 【腰痛関節痛リウマチ】

腰痛

 日常生活を送るうえで、足腰がしっかりしている、足腰に痛みがない、ということがいかに大切か、一度腰痛や坐骨神経痛などを経験した人には身にしみる言葉だと思います。 腰痛と一口にいってもその原因はさまざまです。腰痛をきたす原因としては、筋性疼痛(筋肉疲労による腰痛)、腰椎椎間板ヘルニア、変形性腰椎症、(いわゆる)ぎっくり腰、脊柱管狭窄症、脊椎分離症、腰椎圧迫骨折、脊髄腫瘍、他の部位の癌の骨転移、などがあり、一度は整形外科医による診断を受ける必要があります。

 このうち、もっとも漢方治療の効果が期待できる腰痛は、筋性腰痛です。これは、運動不足、肥満、不適当な姿勢などによる筋肉の疲労や、血液の循環障害から起こる症状で、腰痛の中ではもっともよく見られる病態です。西洋医学的には原因となる日常生活習慣を改善して鎮痛剤や筋弛緩剤を服用するのが一般的で、トリガーポイントと言って、ステロイド剤や局所麻酔剤を局所注射することも行われます。

 一方、漢方では、痛みの原因について、「不通即痛」(通じざればすなわち痛む)といって、冷えやオ血などが原因で、血液循環が悪くなったり局所に過剰な水分がたまると痛みが生じると考えます。そこで、「温め」たり、「血流を改善する」漢方薬が腰痛に用いられるのです。温める作用のある薬には、当帰・芍薬・川?といった「血剤」(血流を改善する生薬)が含まれる、『当帰四逆加呉茱萸生姜湯とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう』や『疎経活血湯そけいかっけつとう』や附子・乾姜などの「補陽剤」(熱産生を促進する生薬)の含まれる『八味地黄丸はちみじおうがん』や『牛車腎気丸ごしゃじんきがん』、それに、茯苓・沢潟などの「利水剤」(水毒を解消する生薬)の含まれる『苓姜朮甘湯りょうきょうじゅつかんとう』や『五積散ごしゃくさん』(などが用いられます。

 このうち、疎経活血湯に関しては「飲酒家の腰痛」に用いられると口訣(昔の医家の言い伝え)にありますが、私の経験では特にお酒を飲む人でなくてもシャープに効くことの多い便利な方剤です。また。八味丸や牛車腎気丸は普段から冷え症で足腰が弱いような人に、苓姜朮甘湯は「腰から下が水に浸かったように」冷えるタイプの人に使われるとされています。また、これらのお薬は坐骨神経痛にも同様に用いられています。

 もちろん、普段から正しい姿勢を心がけたり、ストレッチをしたり、体重をコントロールすることや、体をむやみに冷やさないような食べ物やライフスタイルに気を配ることは、必須です!

変形性膝関節症

 体重の増加や運動不足による筋力の低下によって膝の関節の軟骨が摩耗し、関節の炎症や骨の変形がおこった状態を変形性膝関節症(膝OA)といいます。関節の炎症によって関節内に関節液が貯留し膝が腫れてくることも多く、特に女性に多く発症します。

 膝OAに対して用いられる代表的な処方としては、『防已黄耆湯ぼういおうぎとう』、『桂枝加朮附湯けいしかじゅつぶとう』、『牛車腎気丸』、『大防風湯だいぼうふうとう』などがあります。

 防已黄耆湯は、関節水腫が強く、全身的にもいわゆる水ポチャタイプの人に用いるお薬です。関節の炎症を改善する防已(ぼうい:ツヅラフジの茎と根茎を使用)、利水効果のある茯苓(ぶくりょう)とともに、自汗・盗汗を改善する作用のある黄耆(おうぎ)が配合されています。桂枝加朮附湯は、体をあたため止痛作用のある附子が配合されており、「冷えると増悪する」タイプに持ちられます。また、特に高齢者で、冷えが強く、特に腰から下の力が抜けるようなタイプには牛車腎気丸が、鶴膝風(かくしつふう)といって、鶴の脚のように膝の上下がやせ衰えたタイプには、大防風湯が用いられます。

関節リウマチ

 関節リウマチ(以下RA)は、免疫機構の異常により、多発性の関節炎と関節変形をきたす病気です。診断の根拠となる臨床症状は、多関節にわたる腫張や痛み、朝のこわばりなどで、血沈やリウマチ因子、あるいは抗CCP抗体などの検査所見も診断の参考になります。 RAに関しては、私が医師になった30年近く前は、非ステロイド系抗炎症剤や副腎皮質ホルモン(ステロイド)、金療法などが行われていましたが、その後、さまざまな免疫調整剤が使われるようになり、また、メソトレキセート(MTX)という免疫抑制剤の有用性が確認されるようになってから、RAの改善率、特に、関節変形の予防効果がずいぶん改善されてきました。また、昨今、日本でも使用されるようになった、生物学的製剤、すなわち、バイオテクノロジーによって作られリウマチの原因となるサイトカインの産生や働きを抑える薬剤は、リウマチの炎症を劇的に改善することが証明されており、これらによってリウマチの治療は以前とは全くちがったものになってきています。

 しかし、このような新しい薬剤も万能ではありません。免疫調整剤では、消化器症状や皮膚症状、あるいは、間質性肺炎などの呼吸器症状といった副作用が知られていますし、生物学製剤でも真菌感染症や悪性リンパ腫などの発症を増加させるという報告もあり、このような副作用によってリウマチの西洋医学的な治療の道が閉ざされる患者さんも少なくありません。

 漢方では、リウマチ様の関節症状を「風湿痺」という名前で呼んできました。「風」とは、症状が変化しやすい、症状の現れる場所が体の表面(関節や皮膚)である、などの性質を、「湿」とは、関節に水がたまったり腫れたりする、雨の日など湿度が高いと症状が悪化するなどと性質を指しますが、「風湿痺」とはこれらの性質をもった「痺症」すなわち、炎症や拘縮によって四肢・関節の動きが制限された状態をあらわした言葉です。

 風湿痺の治療薬としては、『ヨクイ仁湯よくいにんとう』、『桂枝二越婢一湯けいしにえっぴいちとう』、膝関節症の項で述べた「防已黄耆湯」が知られていますが、他に、炎症の初期で関節が熱を持って腫れているようなときには『越婢加朮湯えっぴかじゅつとう』、逆に発赤や熱感など「熱」の症状がなく冷えると関節が痛む、というような場合には『桂枝加朮附湯けいしかじゅつぶとう』が用いられます。また、『疎経活血湯そけいかっけつとう』や『独活寄生湯どっかつきせいとう』も「風湿痺」の代表的な治療方剤です。

 これらの処方は主に関節症状に目標をおいた処方ですが、リウマチが自己免疫疾患という全身的な免疫異常による病気であるという観点から、自己免疫疾患の治療によく使われている『補中益気湯ほちゅうえっきとう』を用いるケースもあります。補中益気湯に関しては、これまでも単独でリウマチを寛解させたという報告があり、私の経験でも、リウマチには非常に有効なお薬という実感を持っています。

 もちろん、リウマチの治療は基本的には熟練したリウマチ専門医のもとで行われるべきであり、血液検査だけでなく、関節症状の変化などを定期的にチェックしながら、基本的には西洋医学のスタンダードに基づいた治療が行われるべきであると考えますが、そこに、漢方治療を加えることで、よりQOLの高い生活が期待できると確信しています。

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