漢方について

身近な症状と治療の実際5 【花粉症 アトピー性皮膚炎】

花粉症

 毎年お正月が明けて1月も下旬になると、「先生、そろそろです」といって花粉症の患者さんが来られるようになります。多いのはスギ・ヒノキに対する花粉アレルギーですが、患者さんによっては、春の花粉だけでも、マツ・ハンノキ(ヤシャブシ)・カバ、初夏にはカモガヤ・ハルガヤといったイネ科の植物、秋はヨモギ・ブタクサ・キリンソウなどの雑草と、一年を通じてのアレルギーを持っておられる方もおられます。症状も、鼻水、鼻づまり、くしゃみ、目のかゆみといった典型的なものから、咽喉の痛みや咳、皮膚症状まで、そのバリエーションは様々です。

 スタンダードな治療方法としては、抗アレルギー剤の内服や点鼻・点眼がありますが、最近では、耳鼻科領域で、鼻粘膜をレーザーで焼くという治療も行われています。ただ、抗アレルギー剤のなかには眠気をきたすものも多く、仕事や勉強に差し支える場合も少なくありません。一方、花粉症に用いられる漢方薬は、眠気などの副作用はほとんどなく、また、抗アレルギー剤と併用することによって、眠気などの副作用を軽減することも期待できるのです。

 では、花粉症に対して漢方ではどのように対処するかを説明します。

 漢方には、「標」と「本」という言葉があります。「?」とは表に出ている症状のことで、「本」とは症状の原因となる体質のことです。表に出ている症状を治すことを「標治」、基本的な体質にせまる治療を「本治」といい、治療する順番によって、「先?後本」とか「標本同治」などの言葉があります。 花粉症の場合、「標治」とは、鼻水や鼻づまり、くしゃみなどの症状に対する治療方法を指します。花粉症の「標治」方剤として有名なものに、『小青竜湯しょうせいりゅうとう』があります。このお薬は、風邪のときにも用いられ、どちらかというと体が冷える体質の方の花粉症状に有効です。具体的には、症状を自覚するときに背中がぞくぞくしたり、水様のさらさらした鼻みずが多量に出たり、体をあたためると症状が緩和されたりというタイプです。また、さらに普段からさらに冷え症が強い方には『麻黄附子細辛湯まおうぶしさいしんとう』が効果を発揮する場合もあります。一方、鼻みずというよりは、色の濃い鼻汁が出て、鼻づまりが強く、咽喉の痛みが強いというようなタイプには、熱を冷ますタイプの『五虎湯ごことう』『辛夷清肺湯しんいせいはいとう』などを用いる方が良い場合が多いようです。

 また、花粉症の症状を漢方的に考えると、「体の上部に症状が集中する」「症状が強くなったり弱まったりする」などの特徴があり、これらは「風」という言葉で表現されます。

 「風」は体の弱いところ(虚の部分)に発生しやすく、花粉症では、体の表面の防衛反応(衛気)が弱くなったため(衛気虚)に「風」の症状が発生すると考えるのです。

 このため、花粉症の本治法としては、「衛気を強める」(補衛気)を基本とし、方剤としては、『玉屏風散ぎょくへいふうさん』、『桂枝加黄耆湯けいしかおうぎとう』、『補中益気湯ほちゅうえっきとう』、『参蘇飲じんそいん』などがよく用いられます。

 花粉症の症状に関連する漢方的体質としては、もうひとつ、「水毒(すいどく)」があります。体内に処理しきれない余分な水分がたまったり、水分がある一定の部位に偏在することを「水毒」と言いますが、鼻水や鼻づまりなどの症状は、「水毒」体質が原因であることも多いのです。 花粉症の原因となる体質は近年、花粉症の患者さんが急に増加してきた原因として、杉の植林などによる花粉の増加だけでなく、自動車の排気ガスや工場からの排煙などによる大気汚染の影響があるといわれていますが、日本人の食生活の変化、特に、乳製品、冷たい飲み物、生野菜などの多食、それに、日々の運動不足により、体内に「水毒」が溜まりやすい状態になったことも一因かと思われます。このようなタイプの方は、日常の食生活や運動習慣を見直すと同時に、『五積散ごしゃくさん』などの体の水はけを改善するお薬を併用するのも効果的でしょう。

アトピー性皮膚炎

 アトピー性皮膚炎は典型的な現代病の一つです。その原因はさまざまであり、アレルギー体質に加えて、社会的因子、家族因子、環境因子など、複数の要因が関連して病像を形成しています。さらにそれに加えて、いわゆる「アトピービジネス」と呼ばれる、膨大な量の情報・勧誘が患者さんを悩ませます。また、ステロイド剤を過度に悪者扱いするのも我が国の特徴といえます。今でこそ少なくなりはしていますが、以前は、「ステロイド外用薬を回避したい」ということのみを優先して、様々な「アトピービジネス」を次々と試した結果、仕事や学校にも行けないほど症状が悪化した患者さんを見ることも多く、今も、患者さんたちに本当に正しい情報を知っていただきたいという思いを強く持っています。

 アトピー性皮膚炎(以下AD)の主症状は、痒みを伴う皮膚の炎症(皮膚炎)です。皮膚炎の状態は、乾燥、湿潤、丘疹などさまざまで、慢性化した場合は皮膚の苔癬化といって、皮膚の表面が固くごわごわした感じになり色素沈着を伴う状態になることもあります。

 西洋医学では、日本皮膚科学会による「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」が作成されており、これに沿って治療をおこなうことがスタンダードな方法と言えますが、残念ながらこのガイドラインのなかでは(2009年現在)漢方薬については触れられていません。

 それでは、アトピー性皮膚炎に対して漢方ではなにができるのでしょうか。

 漢方では、皮膚の赤みの強いタイプを熱証、赤みはそれほどでなくても乾燥の強いタイプを燥証と言い、前者には、『黄連解毒湯おうれんげどくとう』や『梔子柏皮湯ししはくひとう』あるいは『白虎加人参湯びゃっこかにんじんとう』などの清熱剤を用い、後者には、『四物湯しもつとう』や『当帰飲子とうきいんし』などの補血剤を用います。また、赤みが強く乾燥したタイプには、黄連解毒湯と梔子柏皮湯を合わせた『温清飲うんせいいん』やその関連方剤である『荊芥連翹湯けいがいれんぎょうとう』がよく用いられます。

 その他、皮膚が湿潤していてかゆみの強いタイプには『消風散しょうふうさん』という処方があります。 私の場合はこれらを基本処方とし、場合によっては煎じ薬を使って、適宜処方を加減して処方するようにしています。

 また、ADの患者さんは、さまざまなストレスを抱えている方も多く、ストレスによるイライラのためにいっそうかゆみが増して皮膚を掻いてしまい、それがまた皮膚症状を増悪してストレスになり・・・というふうに悪循環を繰り返す方もおられます。このような方には、気持ちを落ち着かせる作用のある『柴胡加竜骨牡蛎湯さいこかりゅうこつぼれいとう』や『抑肝散よくかんさん』などを併用することで、悪循環にストップをかけて皮膚症状の改善につながることもあります。

 患者さんにいつも申し上げることですが、ADの治療に、「魔法の治療法」はありません。

 皮膚を清潔に保つ、保湿をする、アレルゲンになるものを遠ざける、必要であればステロイド剤や免疫抑制剤(タクロリムス)による外用治療や抗アレルギー剤による全身療法をおこなう、そして何よりも、気持ちをリラックスさせ規則正しい日常生活を送る、などの基本的な「養生」があってこそ、漢方治療が生かされてくるのです。それを忘れて、あるいはそれに目をそむけて、自分に都合のよいことばかりを追い求めることでアトピービジネスに取り込まれたケースのなんと多いことでしょうか。

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